福西和紙本舗紹介
五代目 福西弘行
福西弘行は、父でもある先代福西虎一に宇陀紙製作の伝統技法を学び、共に化学薬品を使用しない木灰煮熟を研鑽、生涯、伝統技術を頑なに守り、一点の曇りもない最高の和紙を漉くことに対し、妥協がまったくありませんでした。
「水が最高の和紙を作る。和紙は吉野の水と空気で漉かれる。この場所以外にこの和紙を漉くことは出来ない。」と常に語り、吉野の地への強い思いを持っておました。 また、「一つの伝統の技が消えると複数の伝統の技が消える。」と、伝統を守ることを重んじ、紙漉きを支える道具にもこだわりを持っていました。
手漉き和紙は、多くの伝承の技術によって支えられています。
例えば、塵を取り去る際に使う剃刀は、カッターナイフなどではなく手打ちの和剃刀を使用することを頑なに守っていましたが、それは和剃刀を作る技術の伝統保持にもつながります。(しかし、現実にはこの剃刀を作れる職人も少なくなりました。)
福西弘行は、「この剃刀を作れる職人も少ない。職人の技が職人を支える。私たちはこの連鎖に気づかなければなりません。もし吉野和紙が無くなれば、漆塗りや掛け軸の表装などにも影響を与えるのです。吉野和紙の伝統を守ることは、多くの伝統ある職人を守ることにもなります。」と言葉を残しています。
芳玄漉舎(ほうげんろくしゃ)
薬師寺高田好胤管主揮毫
吉野で古くから紙漉をしている家という意味があります。この額を玄関に掲げて和紙を漉いています。